Donburi : South Shikoku’s food from Mile Nagaoka on Vimeo.

Client : AMA /Music : “House of Memories” by James Childs from Music bed

ー海の幸三昧編 

撮影内容 

徳島県阿南市:ハモ丼

高知県室戸市:キンメ丼

高知県安芸市:釜あげちりめん丼

 

 

ZEKKEI : South Shikoku’s grand views from Mile Nagaoka on Vimeo.

Client : AMA  / Music : “Crimson Hope” by TOLO from Music bed  / Directed,filmed and edited by Mile Nagaoka

ー絶景編

撮影場所:

【阿南】 蒲生田岬(四国最東端の地) お松大権現(勝負・願い事の神様)津峰神社(「阿波の松島」と呼ばれる橘湾)北の脇海水浴場(2kmに及ぶ遠浅の砂浜)牛岐城跡公園(光のまち阿南)

【室戸】 御厨人洞(弘法大師が「空海」と名乗った場所) 室戸世界ジオパーク(大地誕生の最前線)幕末の志士中岡慎太郎像 室戸スカイライン展望台 イルカとのふれあい 室戸ドルフィンパーク だるま夕日の名所

【安芸】 野良時計(安芸のシンボル)岩崎弥太郎生家(弥太郎が日本列島になぞらえた石)土居廓中(武家屋敷が残る町並み)内原野公園 延寿亭 土佐湾を望む大山岬 だるま夕日の名所

 

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全然発表できていないが(クライアントの発表のタイミング的に)

2014年の年の瀬はほんとうに色んな仕事が重なって急がしMAXだった。
年が明けてようやくこれも発表できる。(他にもう一本未公開なのがあある)
写真と違い、映像というのはほんとうに手間がかかる仕事だと重ね重ね思う。

ほんとうは取材日誌みたいなものを書きたいのであるが、
2014も怒涛のように過ぎていって、一々の仕事をイキセキきりながら
なんとか捌いているのが関の山なゆえ、全然書けない。

この仕事も9月に娘が産まれる前後の慌ただしさの中で撮影され、
年末のバタバタの中で編集したので、記憶というものが余りない。
なにげに二年越しの仕事である。

ただただ、ここに出てくるドンブリはめちゃめちゃうまく、
空海の名前が産まれた場所の明暗と、岩崎弥太郎生家の残像、
そしてアシスタントがカメラを壊した光景が脳裏にこびりついている。
こうしてカメラマンは、また次の目的地へと向うのである。

 

 

 

26 1月 ’15 Client Works

以下は、長岡参が愛媛県大洲市に2014年の9ヶ月間通い、のべ1040人以上を撮影した記録である。

 

肱川音頭 by 大洲HONKI プロジェクト from Mile Nagaoka on Vimeo.

H 肱川音頭:昭和42年に町のPR歌として一般公募を行い、翌年の八月にでき上がり、同8月7日には大洲高等学校肱川分校校庭において発表会が開催されました。当初の肱川音頭はレコードで制作されましたが、平成2年にカセットテープにより再販しました。作詞は上田武徳氏、作詞補作を横井弘氏、作曲は中野忠治氏、編曲を上野正雄氏が行っており、歌手の三橋美智也氏、下谷二三子氏が歌っています。振付:三喜 八千代氏

 

大洲音頭 by 大洲HONKI プロジェクト from Mile Nagaoka on Vimeo.

O 大洲音頭:大洲市は古くから伊予の小京都として知られていますが、その豊かな情緒を唄に託して多いに踊り歌って頂きたい念願から、歌詞を公募し、土居建蔵氏の作品を採用しました。大洲市出身の作曲家中野忠晴氏のご尽力と矢野亮氏の作詩補作を頂き、大洲市の観光を端的に表現した「大洲音頭」を作ることができました。編曲は上野正雄氏が行い、歌手の三橋美智也氏、下谷二三子氏が歌っています。振付:三喜 八千代氏

 

長浜音頭 by 大洲HONKI プロジェクト from Mile Nagaoka on Vimeo.

N 長浜音頭:昭和10年に国鉄開通、長浜大橋開通を記念して初代の長浜音頭が作られましたが、昭和53年3月31日に新たな長浜音頭が作られ、翌月の4月20日に発表会が開催されました。新しい長浜音頭の作詞は佐川恭子氏、作詩補作は丘灯至夫氏、作曲・編曲は和田香苗氏が行っており、歌手の都はるみ氏が歌っています。
振付:紅梅 扇寿朗氏

 

河辺音頭 by 大洲HONKI プロジェクト from Mile Nagaoka on Vimeo.

K 河辺音頭:昭和59年、河辺村の発展と郷土愛を育て、広く村民に愛唱される村の歌を制定するため、一般から音頭調の歌詞を募集しました。応募総数26点、応募者数24名の作品の中から、戸田薫明氏の作品に決定し、作曲・編曲を桜田誠一氏が行い、歌手の大塚文雄氏が歌っています。昭和60年8月14日、「かわべふるさと祭り」において、盛大に発表され、村おこしのシンボルとして好評でした。
振付:宮川 和扇氏

 

大洲HONKI PROJECTとは:
「4つの地域が合併して、一つの「大洲市」になった、市町村合併10周年を記念して、一年間をかけて愛媛県大洲市に昔から残る「肱川音頭」「大洲音頭」「長浜音頭」「河辺音頭」の四つの音頭を美しい映像で撮りました。それぞれの頭文字にI=愛をつけて、HONKIという名前が生まれました。市長さんから幼稚園児、おじいちゃんもおばあちゃんも、総勢1,040人の大洲市民が、大洲が誇る素晴らしい名所で音頭を踊っています。どなたでもご覧いただけます。ご一緒に大洲の名所と大洲人の笑顔巡りをいたしましょう。きっと、音楽を聴くだけで身体が勝手に踊ってしまう方々がいらっしゃることでしょう。 きっと、想い出の場所や人と出会えることでしょう。きっと、今回初めて大洲を知った方々も、思いを馳せてくださるでしょう。大洲を想う全ての方に捧げます。」
[問合せ]HONKIプロジェクト(帽子)090-8283-8765 大洲市役所都市整備課 樽井(直通0893-24-1719)勤務時間

*大洲市(おおずし)は、愛媛県の南予地方に位置する市。「伊予の小京都」と呼ばれる。肱川の流域にある大洲城を中心に発展した旧城下町である。2005年1月11日 – 喜多郡長浜町・肱川町・河辺村と合併して新
しい大洲市となり、現市域となる。

honki-ozu.com

 

 

 

26 1月 ’15 Client Works

●30sec

 

A Illustrator / 30 sec from Mile Nagaoka on Vimeo.

 

●2:40 sec

 

A Illustrator / 2:40 sec from Mile Nagaoka on Vimeo.

 

●5:40 sec

 

A Illustrator / 5:40 sec by BMPCC & 5d3 from Mile Nagaoka on Vimeo.

 

Directed & Edited by Mile Nagaoka

 

 

26 11月 ’14 Client Works

踟>愛媛>大島/能島 from Mile Nagaoka on Vimeo.

 

瀬戸内海に浮かぶ村上水軍の本拠地

戦国時代に“海の大名”とも称され、瀬戸内海を制した海賊「村上水軍」。 
その本拠地となったのが、芸予諸島の大島と、その東にある能島だ。 
最近では小説の舞台にもなり、熱いブームを巻き起こしている。 
村上水軍の活躍の足跡を、海風を感じつつ辿ってみたい

今回、踟と四国Gajaとのコラボとしては、最終回となった。

26 10月 ’14 Client Works

nano pake from Mile Nagaoka on Vimeo.

商品サイト:masking-tape.jp/collection/tapecutternano/

クレジット:
クライアント:カモ井加工紙株式会社
エージェンシー:セーラー広告株式会社
企画、アートディレクション:ドリームネットワークアクティビティ
制作:長岡活動寫眞
撮影/編集:長岡参

mt tape cutter “nano”
FILMED, EDITED BY MILE NAGAOKA
TOTAL DIRECTION BY DREAM NETWORK ACTIVITY
SUPPORTED BY SAYLOR ADVERTISING
PRODUCED BY KAMOI KAKOSHI

26 10月 ’14 Client Works

なぜか言ってませんでしたが、この中の映像15%くらい撮ってます。

 

 

26 9月 ’14 Client Works

CLOTH by ホマレノイエ from Mile Nagaoka on Vimeo.

 

ホマレノイエのラグジュアリーブランド「CLOTH」。
素材からはじまり快適性や意匠性全てにおいて
クオリティーの高いワンランク上の住宅。
cloth.jpn.com

前回のTableに引き続き、長岡がブランドネーミングを担当。

CAST:

塩野目由紀子
杉浦史典

衣裳・小道具:
SLOW&STEADY 岡﨑昌弘、楠本恭子
スチール:金苗健太

撮影/編集 長岡参(長岡活動寫眞)
Filmed and Edited by Mile Nagoaka

26 9月 ’14 Client Works


忙しさは重なるものである。
生涯のうちでこれ以上忙しいことがないだろうと思い、
かつそれが更新されるという日々が、ここのところ毎年続いている。

明治神宮での上映を終えてから、いくつか広告の仕事をこなし、第二子が産まれ、これから3年目のキャラバンやらいくつかの大きな仕事やら、産土のwebづくりやらなんやらの新展開やらを控えている最中、傍目には無謀に、いや己自身としてもそうには違いはない感じで、産土プロジェクトの本拠地となるべきTeehaus(ティーハウス)という建物のリノベーションに取り組もうとしている。ある助成金を頂けることになり、貧乏人の若造の夢想が現実化する一歩を踏み出すことができた。

名前が示す通り、ここはかつて製茶工場であった。今や廃墟の様相を呈してきている粗雑な建造物である。川沿いにあり、年一度だけ製茶の用途で使用するため、諸々のしつらえは急ごしらえでとりあえずな感を拭えないような構造である。色々いきさつはあるのだが、これを何かにせんか?と自分がずっと追っている取材対象者から頼まれた時、さすがに「無理だ」という意識が九割方のぼってき、それでも断れずただ逡巡していたのだが、ある日を境にしてそれが自然に変わった。

ここをぶち壊して埋立てて駐車場にするという話しを聴いて、この土地の前に立ってみて、「それはないだろう」と思って何かしようと思った。山と川をそのまま感じれる雰囲気が心地よかったのがずっと隅に残っていたこともある。なんだかんだで俺がやるしかないと思った。それが素直な最初の動機である。村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』という不味い本の中で、飲食店を作る時にその場所の前でずっと佇む男の話しがでてくるが、まあそんなところだ。見ず知らずの他人の死んだ爺さんが死ぬ間際まで再開しようとしていた製茶工場の機械はオンボロで使えなかったけれど、でもその土地に染み付いた残像のようなものを感じる。なぜか一緒に何かをやっているような気がする。考えてみれば自分はずっとこのような感覚があった。死者や遠くの先祖とともに二人羽織で何かをやっていくような感覚というべきだろうか。

しかしただ一人で抱えていてもおそらく何にもできはしない。この町にいる多くの移住者の中の若造と共に、余所者としてやはり「場」がないということと、ある種のクリエイターとして、公共の場では発揮できない何ものかをぶつける「場」を作れないかと思っていた事もあり、まあなんとかなるだろうとタカを括っていたこともある。

そんなことを考えながら、やはりふとした合間に出来るんだろうかと不安が襲ってきたり、逡巡したりしていた。そんな中で前職を最低にだらしなく無様に辞めた「根性なし」のK君がこのプロジェクトを一緒にやることになった。そしてイギリス人のルーファスが手伝ってくれる。「根性なし」は、他にもたくさんどこかにいるはずだが、自分にコンタクトしてくることは今のところない。色々な人間が興味のある風を言ってくるが、本当に何かを起こす人間というのは実に少ない。新しいことを始める度にいつもそういうガックリな感覚というものを引きづりながら進んで行く。

 

映像作家に職能があるとするなら、それは恐らく「顔」についての峻別や洞察にやや常人よりも優れてくるということがあるかもしれない。僕がこの町に来てからの4年間で、この町を訪れる人々の「顔」は大きく変わった。威丈高、高慢、野心、誇大といったような「顔」が、心地よい或種のプリミティブな空気に覆われていた当たり前の生活の中に多く侵犯するようになった。またその状態へ以前は違ったのに、推移してしまったような「顔」も散見される。僕はそのような「顔」には興味がまったくなく、この地域で日々出会う人たちから何かを学べるよう、そしてこの場づくりを通じてこの町に住むということへの恩返しがしたいというのが一番大きなところである。(下手をすると、いや確実に自分もここに来て暫くは、そのような「顔」を晒していたに違いない。)

 「産土」という映画を何の因果か撮るようになった自分は、その土地のそのもの素晴らしさ、その辺りにいる爺さん婆さんの壮絶な生や技量や知見というものに日々刮目せざるを得なく、古色蒼然というかただレトロな町の高齢者ばっかりという状態が、かえって耳目をおっぴろげて這うように教えを請い続けなければならないような緊張感ある「前線」へと変貌するという経験を思えばずっとやっているように思うが、ここで述べているような「顔」たちには、そのような緊張感等なく、自己の趣味性や、欲望の中にあり、とても何かを学ぼうという「顔」ではない。それどころか却って幼稚な己を披瀝して失笑を買っていることすら気づくこともない。

己を変容させる可能性が、古い物事や農山村の暮らしの中にあるからこそ、自分はそれを信じて明日を歩いて行ける。「公」の中にテーマも本質も無限にある。くだらない自己を延命させるだけに終始する「顔」は、とても醜いということに気づかないのだろうか。なぜ「公」に向ってチャレンジしないんだろうという疑問を抱えながら、僕はこれからも忙しさの質量を増加させながら、いつかの死へ向ってチャレンジし続けることだろう。

 人前に立ってしゃべったりすると、自分の意図や提言を求められる。色々と批判も罵倒もしたいこともご承知の通り抱えているがそういうことには一切蓋をし、「これが俺の意図であり提言です」と言えるようなことを、ただひたすら実行に移そうと思う。日月はバックできねえ、のだから。

 

 

 

14 9月 ’14 mileblog

kai-jingu_blog

来る8/10(日)に明治神宮、参集殿で拙作の上映+座談会イベントを行います。

「現在(いま)」を知るということ」と題しまして、
震災後、人はどのように生きるべきなのかということを
民俗、そして祈ることという論点から考えていきたいと思っております。

映画『産土ー壞ー』の東京初上映に加え、
素敵なゲストをお呼びいたします。

二年前の最初のシンポジウムでご登壇頂いた、
民俗学者・野本寛一先生と、羽黒山伏・星野文紘さんの
夢の競演を皮切りに、明治神宮から今泉宣子さん、そし私の座談会、
司会は元福島テレビの長久保智子さんにお願いできました。

来場の方には映画のパンフレットを差しあげます。

先着250名様までとさせて頂きますので、
お早めにお申し込みください。

 

日時:平成26年8月10日(日)13:30~17:00(13:00受付開始)
場所:明治神宮 参集殿
定員:300名
参加費:2,500円(税込)※事前予約制
こちらのサイトからお申込みください。(Facebookイベントページに「参加予定」にしていただくだけでは「事前予約」にはなりません。ご注意ください。)
http://ubusuna2014.peatix.com/

 

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サッカー日本代表の勝敗に、さほど関心を示さなくなったのはいつからだろうか。
たしかに、これまで僕はある途方もない熱狂に包まれていた感覚があった。手と額に汗を掻き、
多くの局面や展開に肝を冷やしては、選手の名と各種悪態を時折絶叫したものだった。

今、テレビをつければ夢の世界=ワールドカップが繰り広げられている。(多くは夜半だが)

そして我らが代表は世界の壁にまたしても阻まれようとしている。(二試合を終えて)
が、そんなことはどうだっていいのではないかという禁断の意識がもたげている。
腫れた第一蹠骨に湿布を貼りつつ、過去の記憶をかろうじてたどってみる。

98年のフランスで、今や解説者席に中年面を晒す城や中山や秋田らが歴史的初出場に顔を紅潮させながらみすぼらしい炎の刺繍のあるユニフォームをまとって無惨に散った時。はたまた戸田の真っ赤なモヒカンヘアーも懐かしい2002年に、柳沢敦が「急にボールがきた(QBK)」と言って失笑をかったのを酒場で見知らぬ人々と絶叫しながら目撃した時。そして2006年のブラジル戦で中田英寿が「旅人」へと属性を変えながら仰向けで号泣しだした時…それらの時、場面の只中で、おのれの感情はやおら一喜一憂し、俄にアップアンドダウンしたものだった。

…僕にとってW杯の季節は、丁度痛風の季節である。無論梅雨の湿気によるものだ。2010年の南アフリカ大会、失意とともに会社を辞めたばかりで、祐天寺の安アパートで尿酸値と血圧と各種分泌液の上昇による感情の狂奔にこらえつつ、テレビの一つもないその狭い部屋で、彼女の携帯電話のワンセグモードから我らが代表が決勝トーナメントへと進む様を目撃したのであるが、しかしかつてのような情熱が身体をつんざくことはその時点ですらなかったのかもしれない。しかし気怠い朝の寝床のように、まだ熱狂から醒めたくはなかったのかもしれない。(それよりも痛風の鈍い痛みがつんざいていたこともあるのだが)

長々と書くのも気が引けるので、あっさりと終わりまで書き上げよう。

 

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22 6月 ’14 mileblog

piano : Harumi Nomoto / fretless bass :  Ryoji Orihara / drums : Sohnosuke Imaizumi

Action Paint : Keiichiro Furukado / Camera assistant : Taigo Kawaguchi (NMP) / Special Thanks : Plat Ease

Camera & directer,editor : Mile Nagaoka (NMP)

 

友人のピアニスト、野本晴美さんに依頼され制作した映像です。

今となっては数少ない東京時代の友達で、ピアニストとしては知る人ぞ知る存在。

雨の表現などにどうしても120Pを使いたかったので、プラットイーズさんにREDをお借りしました。

撮影場所は神山のお茶工場。

途中のカラフルな部分は、アーティストの古門圭一郎さんに実際にアクションペイントをしてもらい撮影しました。

映像は他に3バージョン程あり、また順時公開していくのでお楽しみに。

 

15 5月 ’14 Client Works

MILE NAGAOKA 2011-2014 from Mile Nagaoka on Vimeo.

 

「俺は「地域」という浮ついた言葉が大嫌いだ」ということに自覚しだしてから、まだそう間が経ってはいない。それは、或種の幻想や逆転したコンプレックスが吐く言葉であり、「地域」というものの実態そのもの、そしてそこに住まう人々は捨象されているからだ。

 

気怠さと旅行気分の陽気なロケで撮られた幾多の映像たち、そこに「人生」と「顔」が写っているか。

手仕事や悲喜こもごもが、写っているか。無論過剰なまでに切実なものを追う先達がいるのも知らんではないが、そういう人にどこかで遭うことは稀である。(あ、一度富士山を臨む早朝の山頂で、山の写真家と出会ったっけ)

 

自分が「産土」という言葉に込めた(いと思った)のは、そういった「地域」や手垢でギトついた「グリーン」等という言葉たちと、その無邪気な吐露者等への明確なアンチテーゼであった。

 

 

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21 4月 ’14 Client Works